約一年かけてぶーらぶーら日本一周 100名城も巡るよ!

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五十城目:滋賀県安土城
2016-04-23 Sat 13:43
日本一周の旅も終わって一段落 しばらくのほほんだらだらとしていた私
自転車はメンテに出してて、代車のママチャリでロードをぶち抜くくらいしか楽しみがない
熊本派遣の件も連絡来ないし、仕事の連絡も来ないし、遊びはドタキャンされるし

なんかこう、噛み合わないと思う次第であります こういう日はブログ更新だ!
この記事でようやく半分の50城を紹介できる 後半分あるのか・・・うへェ

1安土城
そんなわけで記念すべき(?)50城目は安土城址
言わずと知れた織田信長の居城 日本で初めて天守閣を建てたという歴史上重要な城だ
中世城郭から近世城郭へ移る時代 その祖として建てられたもの

2大手門跡
安土城は、その名の通り標高199mの安土山に築かれた城だった
これも平山城としての先駆けなのかな?城下町の整備などはキッチリ行われていた
楽市楽座なんてのは特に有名なものだろう そんなお城の大手門跡から入っていく

3まだまだ整備中
入り口周りはまだまだ整備中のようだ

4大手道を行こう
入場料を支払い大手道を登っていく 掃除をされてる方の姿も
この大手道もかなり整備されている 左右の脇には水路もあるしね
幅広く作られているのは大人数が一度に通れるようにしたのかな

5秀吉の家跡
上の写真の橋を左に渡ると秀吉の家と伝わる場所へ
本当かは知らない この頃すでに長浜城主となってたしなァ

6上はこんな感じ
上に登るとこんな感じ なかなか広いね

7こっちは前田家
反対側は前田利家の家と伝わっている 利家といえば加賀百万石!
日度由と利家、どちらも安土城滞在時に住んでいたと考えるべきだろうか

8前田家の木樋
ここの特徴は木樋と呼ばれる機構
細かく組まれた石で水の流れを巧みにコントロールしている

9皿に上へ
左右を見学してさらに上へ登っていく 階段が一つ一つ少し高いのか
時折補助のようにおいてあるブロックがなんだか滑稽

10石仏
先へ進む階段途中の脇にある石仏 示されないと気づかんねこれ
仏さんを大事に・・・ってわけではなくて集めた石材の中にあっただけだったという
お堂を建てるわけでなくそのまんま使うってのがなんか信長っぽい

11森の中を進む
階段を登り本丸方面へと進んでいく 森の中を歩いている感じ
マイナスイオンがほんわかふわふわした気分

12黒金門跡
天守エリアの入り口、黒金門 階段を登った上に建っていたそうだ
この門周辺の建物が天守エリアまで連なっていたという調査結果もあるそう
まぁ、本能寺の変直後に焼けてしまったんですがね

13織田信雄四代供養
黒金門をくぐったあとにまっすぐ進まず左に寄り道するとあるのがこの供養塔
織田信雄四代供養だ 織田信雄は織田信長の次男とされている
これがまた親に全く似てない超絶無能として一部で有名な人物なのだ

親父の元家臣に領地取り上げられたりルイスフロイスに馬鹿にされたり散々である
安土城天守の焼失は彼が放火したからという説もある 相当酷かったのだろうか・・・
そんな彼も信長とその息子の中で唯一、73歳で天寿を全う 1630年の出来事である

・・・無能だったかもしれんけど生きてりゃ幸せだったのだろう

14結構石垣は残っている
織田信雄の生涯に思いを馳せながら黒金門に戻り先へ進む
建物は前述の通り焼けてしまったけど石垣はがっつり残っている

15仏足石
石垣に使われていたこの石、仏足石と呼ばれるものだった
奈良の薬師寺のものが有名で、普通はこんな使い方はされない

16この先が二の丸
ちょちょっと進んで二の丸の手前へ この階段を登れば到着だ

17信長公本廟
二の丸には信長公の本廟がある 信雄とは違うのだよ信雄とは
立派なこの本廟は、安土城が焼けた翌年に秀吉によって建てられた
彼の遺品も収められている ・・・なぜ息子がやらないのか?

18乱世の奸雄
乱世の奸雄と呼ばれた織田信長 直接会ってみたい過去の偉人の一人
ぶっちゃけ会う前に○されそうやけどね

19本丸跡へ
信長公に別れを告げて本丸へ 本丸跡へと歩いていこう

20木が立ち並ぶ
天守台下は木が広がる場所 ここものんびりやねェ
本丸御殿が建っていて、天守閣と繋がっていたそうだ
昔はこのあたりは建物だらけだったのだろうか

21この先が天主台
この先が天守台、日本初の天守閣を建てたのはいったいどんな場所なのか
ワクワクドキドキ

22礎石がたくさん
あれ?意外と狭い気もする 調べると28m四方のようだ
この土地に高さ33mの天守閣か・・・凄い気がする、が実感がわかない

23たんぼ。
天守閣からは麓を見下ろせる 見事に田んぼ。
それもそのはず、ここは昔湖だった場所 埋め立てられて田んぼになったのだ
そう、大手口以外の三方向は湖にて守られていたのだ

24少しずつ整備されているよう
天守から本丸方面を見下ろしてみると、意外と整備されていると気づく
いつか、安土城天守閣も復元される日が来るのか ま、既に博物館にあるけどね
本丸御殿も建てて移築して・・・って何年かかることか

25摠見寺
安土城の西側には、信長が菩提寺として招聘した摠見寺の跡地がある
本堂は焼失してしまって礎石だけがむなしく残る

26西の湖
摠見寺からは西側の視界が開けている その先には湖が
その名も西の湖。まんまやんけ!

27三重塔
本堂は燃えてしまったが、三重塔は残っている
これは甲賀から移築したものだそうだ 室町時代の建築

28表門かr出る
表門こと二王門から出る これも甲賀からの移築

29秀吉家の裏
お寺を出れば最初の秀吉家の横に出てくる お疲れ様でしたー!
じっくり見て回れば2時間ほどといったところか 地味に見所は多い
ここからすぐ近くに資料館もあるんでついでに立ち寄るのもオススメ

と、まぁこんな感じで100名城復帰一発目の記事となりやした
これから隙を見ながらちょいちょい更新していけたら、と
旅のまとめ記事も作りたいししばらくはブログ更新の悪夢から離れられなさそうれす・・・


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