約一年かけてぶーらぶーら日本一周 100名城も巡るよ!

スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 |
旅 527日目 ~島根県石見 行けてなかったあの世界遺産~
2016-03-12 Sat 07:00
こなァァァァあゆきィィィィい えぇ・・?

起きたら雪舞ってました 寝る前は雨だったのにね、三月九日も過ぎたのにね
どうにも寒くて震えてたら駅員の方に烏骨鶏の卵頂きました ありがとうございますです

そうそう、この日は東日本大震災から5年経過した日になる
一年半ほど前に現場を見てきた私だけど、今はただ祈るしかできない
私が見てきた活気はきっとまた大きくなるだろう 気仙沼も陸前高田も

1道の駅瑞穂
そんなことをうとうと考えてるうちに雪は小降りになってきた
今日は石見銀山を見に行く予定 行けるときに行ってしまおう
サンキュー道の駅瑞穂 併設のラーメン屋もまずまず良かった

2水まいとる。。。
朝から雪が舞っていたからか道路にスプリンクラーが水を撒いとる
路肩を侵食しやがってこの野郎!まだ右に歩道があるからえーけどもさ

3逃げ場、なし
しばらくしてこの状態 逃げ場、無し!(笑)
笑い事ではない これどないせぇっちゅうねん・・・

考えてると車が水をはねてバッシャァァァ!! 

( ゚Д゚)冷てェ!

なるたけ路肩を走るしかない!けど川になっとるし走るとバッシャァァァ!!

( ゚Д゚)冷てェェ!!

しゃーない思い切って車道行くか!でもスプリンクラーがおいやめバッシャァァァ!!

( ゚Д゚)冷てェェェ!!!

なんとか左側のスプリン地雷を抜けた!って右の張り切り過gバッシャァァァ!!

( ゚Д゚)冷てェェェェ!!!!

もうすぐ抜ける・・・って後ろから猛烈な勢いで5tトラックが!ドバッシャァァァ!!

(# ゚Д゚)冷ッてェェェェェ!!!!!

靴下びっしょびしょやし気温低いしでエラい目におーた・・・
思いつく限りの悪態をつきたおしてお着換えモードに はくちっ

4断魚渓
いつまた出てくるかわからんスプリンクラーにおびえながら進む
ここ、断魚渓に立ち寄ってみる 去年冬から全面工事中だそうな
良い子は入らないようにね よい子は

5確かに通れへん
私は工事のにーちゃんに許可をもらって降りてますからね いい子ではないけど
こんな急な流れだと確かに魚は通れなさそう でも魚って結構やるからねェ
飛びながら進んじゃったりするんだよこれが

6山を越えろ
断魚渓を過ぎ、川本から江の川沿いを走って行く
頃合いを見て山を登って行くのだ あそこを越えろ!

7あのへん
川から分かれた県道31号は思った以上に優しいルートだった
ここ最近酷い道ばっかり走ってたからなんだか新鮮
山のあの辺一帯がきっと石見銀山だろう

8除雪車スタンバイオッケー
世界遺産センター手前には除雪車スタンバイOK!
人が来なくなったら一大事とばかりにいいとこに置いてある
スプリンクラーのとこも何とかしてくだされ 炭カルでもええから

9番所跡
世界遺産センターに到着すると、3-11月の金土日祝のみのツアーがあると知る
着いたのが13時 開始は15分後 これは行くしかねェ!
てなわけで大久保間歩(まぶ)探検ツアーに出発!

10誤認でのぼろー
まだ寒い3月初旬てこともあり、メンバーは五人だけ 最大二十人らしい
土日は基本予約でいっぱいらしいので今回は相当運が良かったようだ
まぁ、この辺は一人でも歩けるんだけどね

11排水溝みたいになってる
金生抗と名付けられてる間歩、ここからは水が流れ出している
この上25mに位置する大久保間歩の水をここへ流しているそうだ
昔は銀鉱石もとれて、トロッコが通っていたそうだけども

12今回の目玉
ここが今回の目玉、大久保間歩である ツアーでないと中に入れない
長靴、ヘルメット、懐中電灯のフル装備でいざ出発!
世界遺産センターの資料は撮影禁止だけど、この内部は好きなだけ撮ってOK
まァ、ツアー代金も払ってるしね

13江戸と明治
入口から進んでいく この石見銀山は1523年に発見されたそうだ
江戸時代は大内氏→尼子氏→毛利氏→豊臣氏→徳川家と支配していった
当時はノミと金槌だけ、一日30cmしか掘れなかったそうですぞ

明治に入ってからダイナマイトでがっつり拡張されていくわけだ
上の写真は、四角く滑らかな部分が江戸時代の坑道 拡張された今いる所が明治の坑道

14すごいおくまで
大久保間歩は、今のところ入口から150mが公開されている
その途中には鉱脈が4つあるのだ その鉱脈に沿って枝分かれのように掘り進む
ここもその一つ 人一人分のような幅を掘り進んだ跡があるね

15けっこうたかさある
横だけでなく縦の掘り進み方もえげつない 
入口は小さかったのに、いつの間にやら天井も凄い高さに

16めっちゃ上やけどあれ足場
そんな天井のさらに上に掘り進んでいったのがこれ
上に丸太が二本つっかえ棒のようにあるのがわかるだろうか?
あれは江戸時代に梯子がわりに使っていたもの現物である
あんな場所まで堀に行くとか恐ろしすぎる しかも当時は懐中電灯などはないし

17まだ奥がある
一番奥の鉱脈 この空間ほぼ全部が銀鉱石だったそうだ
福石鉱脈と呼ばれる非常に上質な銀鉱石が取れた場所だとか
1500年代の世界で獲れた銀、その三分の一が石見ってのは伊達ではない

18何か含んでる?
足元にあるこの石もなんか含んでるんかい?ええ色してるやん?
当然だが持ち出しは禁止されている

19解りやす壁」
この壁を見ていると、江戸と明治の坑道の違いが分かりやすい
横穴の少し下までの壁はすべすべの江戸時代
その下のごつごつ壁が明治時代に拡張されたってことだ

21窪みが足場
これは江戸時代に彫られた足場 こんなんちっこいので大丈夫か?
明かりもサザエの貝殻に油を入れて使っていた貧相なものだったそうだし
江戸時代の人間は根性が座っていやがる・・・

23釜屋間歩
大久保間歩のさらに上に登って行くと、釜屋間歩に出る
岩に掘られた坑道 それより横の階段が目を引くではないか

24なんやこれ
その先に現れたのがまたすごい謎の建築物だ 見つかったのは2003年
一番上は祭壇のようなものではないかと言われている
二段目の穴は、山からの水を引いて溜めておけるようになっているとか

25山頂へ
こっからさらに仙の山頂上に向かうことができる ツアー外やけどね
石見銀山は、九つの番所がある策に囲まれた場所だったそうだ
坑夫と家族はその中に住み、出入りは厳しく管理されていたとのこと

なんと全盛期は20万もの人が働いていた、と書物には書かれている
しかし当時の大阪の人口が26万らしいのでさすがに盛りすぎだろうな
それでも2~5万人は住んでいたようで、山の上には家などの遺構が大量にあるそう

昔は銀の精錬も出来なかったため、ここから温泉津や鞆ヶ浦まで歩いて運んだのだ
そこから朝鮮に持って行き製錬していたらしい その後技術者を呼び会得
日本の金銀山は驚くべき成長を遂げる、というわけだ

次回来るときはこの山上の遺構を見てみたいものだ
ここから温泉津までの道も現存しているらしいので、そこを歩くのも一興
12km程らしいので無理ではなかろう 終点は温泉だし
ちなみに温泉津までが世界遺産に含まれる、当然街道も

26三瓶山
これらの遺構からは三瓶山が形よく見えていた
私、明日晴れたらあそこに行くんだ・・・


本日の走行距離:43.66km
累計走行距離:29489.36km


ランキングに参加してみました 他の方の旅行記も見られます
ぽちっと押すとランキングが上がる模様 少しずつ上がってきてる?
にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周(自転車)へ
にほんブログ村
スポンサーサイト
別窓 | 島根県 | コメント:0 |
<<旅 528日目 ~島根県三瓶山 突発縦走~ | ぶらぶら日本一周@自転車 | 旅 526日目 ~島根県瑞穂 まさかの峠五つ越え~>>
この記事のコメント
コメントの投稿

管理者だけに閲覧
 

| ぶらぶら日本一周@自転車 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。