約一年かけてぶーらぶーら日本一周 100名城も巡るよ!

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四十四城目:愛知県名古屋城
2015-06-09 Tue 11:23
ここからしばらくは雨が続くのかな?約一ヶ月半ぶりのお城記事は名古屋城
大阪城や江戸城などと比べると(保存されている部分は)広くないが、見所は十分
訪れたのがほぼ半年前なので記憶が・・・パンフ引っ張り出して必死に思い出す

1名古屋城正門
名古屋城の正門がまずこちら 戦争で焼けちゃったため天守と一緒に復原された
ここから入る場所は西の丸にあたる 三の丸は公共の建物がいっぱいだ

2空堀になっている
正門からも見られる外堀は、水の入っていない空堀である
外堀とはいえ、戦国時代にはさらに外に堀があっただろうけどね
本丸、西の丸の外だけに結構深く掘ってあるのが解る

3西の丸からの天守
正門から入ってすぐの所から名古屋城天守が眺められる
一段高い所にあるだけあって大体どこからでも見られるけどもね

4寄り道して二の丸大手二の門
西の丸を東に、二の丸方面に向かって歩いて行くとみられる門
二の丸と外側を繋ぐ二の丸大手二の門である 今は体育館につながっている場所
何気に築城当時の建築物のようだ

5本丸にある西南隅櫓
正門から歩いてきた方を振り向くと見える本丸西南隅櫓 天守はここから右手になる
改めて見返してみると結構人が多いなぁ さすが名古屋城

6本丸表二の門
西の丸から本丸に入るために通る、本丸表二の門
ここも築城当時から残る建築物だとか 空襲で焼けなかったんやねー

7改装中の本丸御殿
門をくぐり本丸に足を踏み入れると、目の前には本丸御殿
まだまだ改修が続いている場所で、公開部分も真新しい

8豪華絢爛な内装
内装も非常に綺麗かつ豪華 天井なども凝ってる
綺麗すぎて落ち着かないのはなんでだろうか うーむ

16改装中の本丸御殿
改装工事中の場所も見学出来たりする かなーり大規模だ
全てが終わったらまた見に来るか いつになるかはわからんが

9清正石
本丸石垣の中でひときわデカいこの石 清正石というらしい
余りにデカいので、清正が上に乗り音頭を取って運んだとか 更に重くしてどうする
ちなみにここの施工担当は黒田長政だったようだ 何故清正くんがでしゃばるのだ
デカいから築城名手の清正に・・・っていっても長政もかなりの築城名手なんですがね

10旧二の丸東二の門
気を取り直して散策を続ける ここは本丸と二の丸をつなぐ旧二の丸東二の門
なんだか似たような名前の門だらけで頭がこんがらがりそうだ

11二の丸は広場に
現在二の丸は、芝生メインの広場になっている
南側は、二の丸大手二の門につながる愛知県体育館の敷地へつながっている

12埋御門
実は本丸と二の丸の間の堀には脱出用(?)の埋御門があったそうな
実際使われることは無かったようだが・・・用心深い家康らしい配慮な気がする

13あの石碑の下あたり
右手の石碑の下あたりに門があったようだ 今は文字通り石で埋められている
しかし堀に門があったってこたぁ当時からここは空堀だったのかしらん?

14二の丸北は整備中
二の丸北から本丸を迂回して御深井丸へ行くルートが工事中だった
この道が完成すれば本丸の周囲をぐるりと一周できるようになる

15南蛮たたき鉄砲狭間
この北側の堀に面した部分には「南蛮たたき」で固められた練塀があったそうだ
下の方には鉄砲狭間と思しき空間がある この練塀は非常に堅固だったらしい
今は少ししか残っていないが、遺構があるだけでお割とレアだそうな

17高い石垣の天守
本丸に戻り天守台の麓へ 見事に反り返る石垣だ、なかなかの迫力
築城名人の清正が手がけただけはあるのう 眼福眼福

19.5ナゴドが見える
天守内部は資料館のようになっている
一番上からは名古屋の街並みが見渡せる ナゴドも見えるで!
当時はオフシーズンやったんやなぁ・・・(しみじみ)

18ちらと見えてた不明門
天守を見上げる写真でちらと写っていた不明門
先程記した御深井丸に続く門であるが、当時は名前の通りがっちり閉じられていた
ここも脱出口の一つだったのであろう

19乃木倉庫
御深井丸にある遺構の一つ、乃木倉庫
ここだけは明治時代、陸軍が弾薬庫として建築した後世のもの
その割には建築年代がハッキリしていないよくわからん建物

20外から見ると中々の迫力
御深井丸は、天守台から一番近い場所だけあり小天守含めよく見える
名古屋城と言えば金ぴかの鯱である どんどん金含有量は減ったけど

21昔はこんなんやったんか
何処で見たかは忘れちゃったけど、本丸御殿とセットで天守が映る写真もあった
ここまで復元できるのだろうか?しかし本丸のほとんどを御殿が埋めてたんだなぁ

22家康殿
最後は家康像の前でほっと一息 家康は兜ですぐ判断できる

家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八 

こんな歌も出るくらいやしねぇ
まぁ、この歌と名古屋城は何の関係もないわけだけど(笑)

久しぶりにお城記事書いたらなんか疲れたなァ
でもまぁ、雨が降っているうちに書けるだけ書いてしまおう 

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