約一年かけてぶーらぶーら日本一周 100名城も巡るよ!

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三十四城目:神奈川県小田原城
2014-12-20 Sat 10:30
八王子城を書き上げた勢いそのままに小田原城へ!
道筋としては埼玉の二城が先なんだけども、前回北条滅亡の話しちゃったし
小田原城は上杉・武田の攻めにも耐えた防御に優れた城
豊臣の小田原攻めに備えては、延長9kmに及ぶ総構を拵えたそうな

小田原城馬出門
とはいえ北条滅亡後は大久保忠世が城主になった際は改修が施され
さらに大久保氏改易時には城は破却され大分ちっこくなってしまったようだ
ここは正面にあたる馬出門 門の前にスペースがありその名の通り馬が待機ができる

馬出門から見た学橋
馬出門の北側には直接二の丸につながる学橋が見える
こうして見ると小田原城の堀って結構広く幅がとってあるな

小田原城馬屋曲輪
馬出門から中に入ると、馬屋曲輪に出る
ここも名前の通り馬屋が建っていた場所 ここから馬出門で待機し出陣する
戦略的には攻撃的な場所だと思われる

馬屋曲輪から見える天守
馬屋曲輪からは銅(あかがね)門を経て二の丸に通じる
でもここから天守を望むことができる この、ちょっと見える感じがイイね
チラリズムってやつっすね え?違う?

小田原城銅門、の外側
アホなこと言ってないで先へ、ここは馬屋曲輪に面した銅門への入口
ここに限らないが門はすべて枡形門になっている ちゃんと二段構えで復原されてる

こっちが銅門
結構立派な防御を誇る門
名前の由来である銅の板が渡櫓に装飾として存在する
まぁ言われなければ気づかないよねこんなの・・・

二の丸にテント
二の丸はかなり広い、馬屋曲輪から入ったら目の前にテントが広がる
なんかイベントでもあったのだろうか?それともこれからだろうか

二の丸の一部は駐車場
くるりと回り込んでみると、そこは駐車場でした
後述する御用米曲輪で発掘調査作業が行われていたのもあり、見回すと軽トラがちらほら

内堀は浅目に見える
二の丸の半分ほどを覆う堀、その中の内堀は心なしか浅目に見える
幅も外側よりは大分狭い、まあ内堀だからそんなもんか

本丸への登り口
二の丸から本丸への登り口 狭く若干急な造りになってる
これもよくある城の形ですな

本丸入口、常盤木門
登った先には常盤木門と呼ばれる入り口が
名前の由来はそばに建つでっかい松の木にちなむとかなんとか
それが本当なら樹齢なんぼやねんその松

本丸はそこそこの広さ
本丸はそこそこ広い、天守閣が小高い場所に建っているのでなおさら広く見える
売店がある以外は特に目立った建物は無いようだ

おぉ迫力ある天守閣
天守閣自体は結構な迫力 三層四階建てになっている
晴れたり曇ったり不穏な天気だったがこの時は晴れてくれて良かった

小田原城本丸東の堀跡
本丸東、すなわち二の丸との間にある堀の跡
大分埋め戻されたこともあり浅目の状態で残っていたそうな
知らずに見たら畑か何かかと思っちゃう

調査中の御用米曲輪
本丸の北にある御用米曲輪 ここは前述の通り発掘調査中
元々の用途は名前から推察できる通り米を貯蔵していた場所と考えられている

弁財天曲輪の一部は公園
更に北側にいくと弁財天曲輪と呼ばれる場所に
ここは大部分が高校や弓道場などの建物が建っている
平地として残っている分も現在は公園として開放 将来的に整備するよう

防御に優れた大城郭!という触れ込みで楽しみにしていた小田原城
残念ながら廃城後は規模がどんどん縮小され、往時の防御力は見られない
すぐそばに箱根の山を擁する城、戦国時代に見てみたい城の一つですな
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