約一年かけてぶーらぶーら日本一周 100名城も巡るよ!

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三十三城目:東京都八王子城跡
2014-12-20 Sat 09:07
東京都二つ目の城は郊外にある山城、八王子城跡
ここは北条氏照が築いた山城、関東防御の要・・・のはずだった
が、現実には豊臣方に攻められて一日で落城 小田原開城の原因となった

攻められるまでに築城と整理が間に合わなかった、という説が一般的ではある
しかも攻め入った武将は前田利家・上杉景勝など猛将揃い
さらに城主北条氏照は小田原城で籠城中となれば仕方ないと思ってしまう

史跡八王子跡
八王子城は神奈川との境目、東京川の南多磨霊園近くにある
山へと登っていく道の手前にはガイダンス施設もあり休憩もできる
近くに北条氏照とその家臣の墓もあるが、そっちは帰りに寄ろう

八王子城は、居住と戦闘の要となる防御施設が完全に分かれている
写真の左が居住地区 右へ行くと山上の城部分になる
城主は普段居住空間(麓付近)におり、有事の際に上部に上がったようだ

八王子城大手広場
まずは居住空間の方面へ歩いて行く ここは大手広場
大手門跡地に立って広場を撮影してみた
左手の登りが築城当時に造られた古道 右手が江戸時代に造られた道

上が古道
古道は隣の山裾を歩いて行く感じ 橋がいくつかある道
だが、終点にあたる曳橋(御主殿に渡る橋)が通行不可なため行き止まり
橋を改修する日は来るのだろうか

垣間見える崩れた石垣
下ルートは居住空間にあたる御主殿の手前の石垣が崩れている
特に注意書きなどはないが、危険はないしさらに崩れることもなさそうだ

御主殿曳橋
そう、この橋である 老朽化が著しいようだ
「橋の下で立ち止まらないでください」と中々恐ろしいことが書いてある
落城当時はこの下の道は川だったのだろうか ここは攻められてないだろうが

かなり広い空間
氏照の居住場所であった御主殿はかなり広い空間になっている
奥には氏照の館があった場所とされており、土台だけ復原されている

向こう側が古道
御主殿側から曳橋を望む 虎口を逆から見る形になる
北条の築城っぽい枡形虎口になっている
戦闘の場所になる予定はなかったが、一応・・・ってとこか

下部分が築城当時の石垣
御主殿から見て橋の右手 上の写真では隠れている部分
ここの石垣、下部分が築城当時の石垣が残っているらしい
よーーーく見れば、後から足した石垣と違うのがわかる 気がする

御主殿の滝
御主殿の後から少し山の奥に入ったところにある滝
ちっさくて可愛らしい滝・・・と思いきやここは心霊スポットの一つ
八王子城落城時に女子供が自害し身を投げたところと言われている
その時に流れ出た血が三日三晩この滝を赤く染めたとか おおこわいこわい

駆け上がる馬蹄段
居住地区の見学が終わり、一度冒頭の写真の場所まで戻る
こっから上は私有地とお城公園の敷地が混在しているややこしい場所に
まずは馬蹄段と言う場所に 曲輪が点在する場所で防衛に向く

曲輪がいくつも連なる
写真で見ると分かりにくいが、右手左手にこのような曲輪が連なる
上り坂もまっすぐではなく左右に振るようになっていて登りにくい
ひとまずは入口の防御 って感じである

柵門跡
さくさくっと登っていくと、柵門跡に到着する
ここは御主殿から登れる山王丸と搦手門からくる道と本道の合流する場所
すなわち防御の要害だったと言えるだろう ちょっぴり広い

尾根を横切る絶景ポイント
柵門跡から少し登った先が本丸であるが、手前にいくつかの曲輪がある
それらを尾根を横切ってつなぐ馬回り道が八王子城随一のビュースポットなのだ
鬱蒼とした木が突如途切れ、視界が開けるさまは山歩きに疲れた気分を晴れやかにする

うっすらスカイツリー
ここからはよーーく見るとスカイツリーが見られる
ほら、うっすらだけど見えるでしょ?つーかでかいなやっぱ!

八王子神社
本丸近辺の曲輪には建造物がちらほら ただ当時のものは少ない
これはその一つ八王子神社 八王子権現を祀っている場所
ちなみに八王子とは牛頭天王とその眷属である八人の王子を指す
つまり八王子神社はここだけではなく全国色んな場所に存在するのだ

八王子城本丸跡
本丸跡は居住地区に比べるとよっぽど狭い 天守などは無かったよう
今は石碑とちっちゃい社が一つあるだけの寂しい場所に

北条氏照の墓
北条氏照とその家臣の墓は、八王子城から少し下ったところにある
山の中にひっそりと、しかしくっきりと建つ墓
しかし彼は小田原城で腹を切ったはずだがここまで持ってきたのだろうか

山に囲まれた堅牢な八王子城
もっと早くに完成していて、かつ豊臣の勢力が膨大になる前であったら・・・
外交上手とされている氏照がうまく立ち回ればどうなっていただろうか
まぁ、滅亡の経緯を見ればそんなの関係ねぇって気もするが

次は北条氏政、氏照最後の地となった小田原城だ
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