約一年かけてぶーらぶーら日本一周 100名城も巡るよ!

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二十八城目:群馬県金山城
2014-11-14 Fri 17:23
晴れた空、白い雲、図書館の中 こんにちは
お城の記事消化に励むよ、頑張るよ 今回は金山城を攻略していこう
この金山城に触れるからには由良成繁についても少し語らないといけないだろう

彼は元は横瀬性だったが、下剋上により城を奪って由良氏に改名 上杉と組んで北条にあたる
が、北条を倒せない てなわけで謙信を見限って北条へ降る
しかし北条も武田と戦うために上杉と組みたがった その折衝役がなんと彼である
裏切った主君を相手に立ち回って生き残るというスゴイ漢 それが由良成繁なのだ
実は彼の奥さんも強烈な武勇伝を持っているんだが、ここでは割愛 ちなみに孫は甲斐姫である 血は争えない


麓から城の入口まで
前日の箕輪城に引き続きこの金山城もすがすがしいほどの山城
こっちは山全体というわけではなく、山頂付近のみ、延600m位の長さに渡って である
近くまで舗装路は通っているが、折角なので下から歩いて登ってみる いきなりドギツい
つーか今振り返ってみても遊歩道とはよく言ったもんだ

二つの登り口
30分弱登ってようやく案内板のある登り口へ
足腰が強くなった私でこれだったら普通の人大変すぎるやろ・・・
右側は迂回路 緩やかに大手虎口まで歩いて行けるらしい

西櫓大堀切
迷うことなく階段側を歩いて行く こちらは道中西矢倉を経由していくルート
と、いうか迂回ルートは戦国時代はなかったからねぇ・・・
こっちはいきなりの堀切で城の防御力を見せつけてくる

桟道(通行止め)
実は堀切が二つあり、山を迂回する形で二つをつなげる桟橋があった
これは山に桟橋跡があったので再現したらしい でも危険なので通行止め

物見台虎口
西矢倉跡地を通り抜け先に進むと、物見台虎口に到着
クイッといがんだ入口に石垣 おそらく門もあったのだろう

岩盤を削った堀切
物見台、と名がつくはそれがあるのはここから一段上
とりあえず下を見れば、天然の岩盤を削った堀切が見える
岩場を足場として虎口を作り堀にもする 徹底してるのう

左手の橋と直進できる場所
先に進んでいくと、道が二股に分かれる 橋を渡る左と直進
橋ってなんとなく危険な香り、しない?

直進は罠でした
直進して下ると、そこは建物でした
つまり行き止まりってことですな 所謂罠というか惑わす場所だったよう

馬場兼通路
橋を渡ると馬場曲輪に出る、ここはそのまま三の丸への通路にもなる
更に左手から前述の物見台まで登ることができる

物見台にある展望台
物見台には現代風の展望台が 昔は木製だったろう

良い眺めだ (1)
物見、と名前がつくだけあって景色はすごくよろしいのではないか
あの山の名前は知らないが

物見台から虎口を見下ろす
すぐ下にある物見台虎口もバッチリ見える
こらいい的になる・・・っつってもここ自体が狭いか

馬場と三の丸を隔てる堀切
まだまだ三の丸にもたどり着いていない 先に進もう
この、馬場と三の丸を分ける堀切がここ金山城で一番深い堀だ
下に迂回路がチラッと見えている ここまで来れば大手虎口はもうすぐだ

月の池
大手虎口の手前にあるのがこれ、月の池
石垣で縁取られた立派な池、何度か改修を重ねているよう

三の丸土台石垣
実はここ、三の丸の土台もバッチリ見える 石垣がガッツリ組んであるのが見られる

総石畳の大手虎口
ようやくやってきました大手虎口 ここで特徴的なのが総石畳であること
地面も横側も全部石でできている その上の曲輪は違うが

大手虎口の飾り石
石畳の所々に飾り石が埋め込まれている これは後年北条氏が手を入れたとされる
詳しくは解らないが、これが北条氏っぽいんだろう きっと たぶん
よく見ると壁際がちょっとはみ出ている これは北条っぽさMAXである

脇の曲輪には排水溝
石造りになると、雨水対策が大事になってくる
上から下までしっかり石で排水溝を作っていた跡があったらしい

二の丸への道は目隠しが
大手虎口から石畳を直進すると、目の前に馬出として石垣が立ちふさがる
前が見通せないような工夫、馬出も重要な防御施設やね

三の丸へ向かう道
そこをすり抜け左に行くと三の丸 が、今は社務所で一般人は入れない
こっち側もしっかり土塁が石垣で補強されている

崩れた石垣を残している
ここはあえて崩れた石垣を、掘り出したまま残しているよう
決して戻すのが面倒なわけではない ないよね?

日の池
二の丸の手前、ちょっと大きな広場がある
ここにも大きめの池がある 名は日の池という
ここは日の当たる場所であり、祭祀的な目的で使われていたようだ

金山城二の丸跡
二の丸へ到着・・・も、ここは何もない 比喩ではなく
何かしらの建物があったようだが燃えてしまったらしい・・・
このご時世に城でボヤから全焼とか笑えない冗談であるが本当だから質が悪い

本丸は神社に
金山城の本丸は新田神社になっている
折角だから参拝していく ここが山頂なので眺めも・・・と言いたいが林で何も見えん

当時の石垣が残る
ここは城のあったところと示す材料がこの石垣
金山城で形を残している当時の石垣はここくらいらしい

山の裏手を下る(滑り落ちる)
見終わったところで帰り道を探す 神社の裏手から降りられるらしい
いや、まぁ降りられなくはないけど・・普通に滑るんですがそれは
足元が悪すぎてサンダルには厳しかった 3か所ほど血が出たわ!

こっそり石垣まである
しかしこのルート、こっそり石垣がある
説明文を読む限りこれも当時のもののよう しかし誰も通らないんだろう
足元が一枚岩ばっかりだと危険でしょうがない

痛い思いもしたものの、この金山城は探索しがいがあった
色々な逸話もあり、下のガイダンス施設も一緒に訪れることをお勧めする場所だ
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