約一年かけてぶーらぶーら日本一周 100名城も巡るよ!

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二十六城目:長野県小諸城
2014-11-14 Fri 13:48
五つもあった長野県もこれにて終了!長かった・・・
すでに一ヶ月近く遅れが出ている こいつはいかんよ、いかん
これから西に向かってドンドン城が増えていくのに 考えんのやめとこ

今回は小諸城を紹介しようと思う この城は本丸に行くほど標高が低い
城下町から中心に向かってすり鉢状になっているのだ
その形状から別名 穴城と呼ばれている

ここも武田信玄が手に入れた後、戦国きっての無能・腰抜けもとい、バカな仙石秀久が城主となる
彼の一番有名なエピソードが島津攻め大失敗なのだからしょうがあるまい
が、のちの小田原攻めで大名復帰するという謎パワーも持ち合わせてはいる
城下町や城の整備とかやることはしっかりやってるしね 反乱もあったようだが

大手門はかなり離れたところに
現在の小諸城跡は、明治時代に元藩士の手によって懐古園として生まれ変わっている
懐古園の入口は二の丸へと向かう三の門 大手門はちょっと離れたところにある
駅から高校への通り道にあるため、大量の高校生に見られることに・・・

小諸城三の門
こっちが三の門 駅から近くアクセスも便利
懐古園と堀を挟んで左側に動物園もある
どちらも入場は有料である 注意

小諸城二の丸跡へ
まずは門をくぐり、二の丸跡へ向かう
ここは通路脇にわさわさ石垣があるイメージ
ここは左右にかけて渡り櫓があったとされている場所

小諸城二の丸跡
二の丸跡は上記写真の右側 石垣の上にある
先だって紹介した上田城を攻めた徳川秀忠はここに布陣したとある
もちろん上田城攻めには仙石も加わっていた そら落とせないわけだ

今は弓道場
二の丸から北へ向かうと今は弓道場となった北丸跡が
行きしなは無人だったが、帰り道すがら覗くと稽古している人がいた

南丸跡
通路を挟んで南側の南丸跡
こちらには何も残っていなかった すぐそばにある鶯石は城主が通ると鳴いたという

黒門橋
本丸跡へ向かう黒門橋 先には黒門跡も残っている
本丸も見事に石垣で囲われている うまく整備されているんだろう

空堀こと紅葉谷
橋から見える空堀、今は紅葉谷と呼ばれている
秋は紅葉の名所・・・ちょっとだけ早かったかも 赤も見えるけどまだ少なめ?

本丸には神社
本丸には懐古園へと改装されたさいに建てられた神社が
その名も懐古神社(まんま)

山本勘助が愛用した鏡石
神社の前には山本勘助が愛用した(と言われる)鏡石が鎮座している
所謂御影石かな? 字は彫っていないが

荒神井戸
ちょっと離れたところに井戸もある
後述するが、千曲川のそばということもあり水源には困らなかったよう

枝垂桜・・・桜!?
もうちょっと離れたと所には枝垂桜
え、これ桜なの?屋根のってますけど・・・

天守台の石垣
本丸跡を囲む石垣、その戌亥(北西)部分には天守台がある
石垣も立派になってまぁ・・・結構な迫力ではないか

昔は三層の天守があったとか
仙石氏がこの上に三層の天守閣を建てていたらしい
1626年の落雷で焼失したと言われているものの、真相は不明だとさ

馬場は菊の展示会場
本丸跡を越えた西側には馬場跡が
今は菊の展示会場となっていた 散々見てきたアレです

動物園もあるよ
南側には堀があり、それに沿って行くとど応物円がある
ツキノワグマもいるらしいが、何より鳥の種類が多い
何故わかるかって?鳴き声が公園内をこだましているからさ

展望台へ
北側には城の西を流れる千曲川を眺める展望台が
この橋の下は、もともと不明(あかずの)門があった場所になる

不明の門跡
門の両サイドの石垣上に橋を渡せかけているというわけだ
すぐそこが川と崖になっている、こんな門誰が通んねん

堀がわりの千曲川
展望台からは雄大な流れの千曲川が見られる
ここまで長野の城を見てきて、この川の功績の偉大さにはただただ敬服するばかり

散々仙石秀久をこき下ろすような文章になったが他意は無いとだけは言っておきたい
愛すべきバカ と言ってしまえば可愛いものだが、巻き込まれる方はたまったもんじゃない
長宗我部家が憐れで仕方ないのだ、わかってくりゃれ
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